人生と仕事の新デザイン タナケン先生×グラットン氏

キャリア論を専門とする法政大学キャリアデザイン学部の田中研之輔教授(通称・タナケン先生)が主体的に仕事や働き方の選択肢を考える「キャリアオーナーシップ」について、その道の第一人者と対談する連載「『キャリア』は誰のもの」。今回の対談相手は超高齢化社会を見据えて人生設計の見直しを説いたベストセラー「ライフ・シフト」の著者で、英ロンドン・ビジネススクール(LBS)のリンダ・グラットン教授です。働き方が大きく変化するなか、実際にビジネスパーソンと企業はどう行動していけばいいのかを探ります。

――ライフ・シフトで書いている「何歳からでもチャンレンジできる」という考え方に私も非常に共感しています。グラットンさん自身はどう人生設計してきたのでしょうか。その中で苦労した経験はありますか。

「私にとっての大きなモチベーション(やる気)は好奇心だったと思います。21歳のときにはイスラエルの子育てを研究したいと考え、でもお金がなかったのでヒッチハイクで3カ月かけて行きました。若いときから実験するタイプで、常に何かワクワクすることに出合えないか探してきました。今週を振り返ると、女性アーティストの作品、人間関係を描いたモダンダンス、あとはペルーの展覧会を見るために博物館にも足を運びましたね。今はクリエーティブな人がどうやって働いているかに関心があるんです」

「もう1つ人生で大事にしてきたことは、オプション(選択肢)を用意することです。私はLBSの教授ですが、15年前に起業しました。本の執筆もしています。旅行もしています。もちろん失敗もありました。50代のときに、50代をどう生きるべきかというテーマで書き始めたのですが、結局書き終えることはできませんでした。人生のいろいろな局面で失敗を重ねてきましたが、オプションがあったから比較的早く立ち直ることができました」

「私は30代で離婚し、シングルマザーとして2人の男の子を育てました。50代後半で再婚し、再婚相手は6人の子供がいるので、子供は全部で8人います。私は彼らにこうアドバイスしています。『常に学び、常に前向きで明るく、常にオプションを用意しなさい。そしてキャリアに幻滅することは絶対にしないように』と」

 

変化の第一歩は「違うタイプの人との対話」

――新型コロナウイルス禍で転職や副業、リスキリング(学び直し)など新しいことに挑む人も増えています。しかし、最初の一歩を踏み出すのが難しい人も多いです。お薦めのスモールステップはありますか。

「移行というのは難しいものですよね。なぜなら、自分のアイデンティティーに関わるものだからです。まずは自分のことを違った目で見るようにするといいと思います。そのときにネットワークが重要です。起業家になりたいなら、企業に勤めている人とばかりつながるのではなく、起業している友達を作るようにしてみようとか。私はアートが好きなので、アーティストの友達がたくさんいます。ビジネス関係や教授の友達は実は少ないんです。自分を変えたいと思ったら、第一歩はぜひ、自分と違ったタイプの人と時間を過ごすようにしてください」

――コロナ禍で働き方が大きく変わりました。最近の欧米の動向を教えて下さい。

「以前と同じようにオフィスへ来てしてほしいと要求する会社もありますが、そういう会社は高い給料を支払わなければならなくなっています。法律事務所では大学を卒業したばかりの人に年間15万ドルもの給料を出しています。ほとんどの人が柔軟な働き方を求めているからです」

「世界中で柔軟な働き方が広がっています。例えばカナダ年金基金投資委員会(CPPインベストメント)は3カ月間、インターネット環境さえあれば、世界のどこの国から働いてもいいですし、英国の行政機関では従業員が2人1組になって半分ずつ仕事をする『ロールシェアリング』を試みています」

 

仕事のデザインを見直す 欧米では週4日勤務を検討

――働き方の自由度が高まった一方で、自由度を生かして活躍している人と、従来の働き方でないと働きにくいと戸惑うベテラン社員の間でギャップが生まれています。企業はどんな施策が有効でしょうか。

グラットン氏は「モチベーションは好奇心」と語る

「『場所』と『時間』の2軸で考えることが重要です。コロナ禍が始まったとき、ほとんどの人が場所を重視していました。出社すべきか、在宅すべきかと。時間の柔軟性にもっと目を向けてもいいのではないでしょうか。欧米では多くの企業が『週4日勤務』への移行を検討しています。中には、週の合計勤務時間が決まっていて5日じゃなくて7日に分散させてもいいという会社もあれば、4年に1回、3カ月の『サバティカル休暇(有給の長期休暇制度)』を認める会社もあり、いろいろな形が出てきています」

「質問に少し角度を変えてお答えするなら、仕事に対する見方を変えるということです。私の新刊『リデザイニング・ワーク』ではまさに、その話を書いています。まず、考えるべきことは『何の仕事をしているか?』『どうやったら建設的に仕事ができるか?』ということです。その人が何をしたいかというより、仕事の特徴を考えます。例えば、私の仕事ではリポートを読んだり、研究したり、物書きをする時間が必要です。人を集めるなど調整が多い仕事の人もいるでしょう。また、新しいアイデアを考えるために人々の協力が大事な仕事もあり、そのためにオフィスが必要という考え方もできます」

――最近、キリンホールディングス(HD)とヤフー、パーソルキャリア(東京・千代田)が相互に副業を推進すると発表しました。日本企業にも人材戦略を経営戦略として捉え、社員それぞれのキャリアオーナーシップ確立を支援する新しい動きが出てきています。一方、社員のデータを集め、管理を強めている風潮もあります。働く人が何歳からでもポテンシャル(潜在能力)を伸ばしていける社会にはなかなかなっていきません。日本の課題とそれを打破するブレイクスルーはどこにあると思いますか。

「企業間で連携することは素晴らしい取り組みですね。私も『フューチャー・オブ・ワーク』というコンソーシアムを立ち上げました。アイデアの共有は重要です。それに、世界が今、日本に注目しています。日本企業が変わりたいという意思表示を行うことは大事なんです」

 

日本は工場っぽいオフィス

「率直な意見を申し上げますと、多くの日本企業は工場をオフィスで再現しようとしています。第2次世界大戦後の目覚ましい産業化の過程で、工場を起点に新しい仕事のやり方が生まれたのだと思います。そして今、日本企業が何に苦しんでいるかというと、デザイン関係やテクノロジー業界などクリエーティブな仕事ですよね。ナレッジワーカー(知識労働者)がいるにもかかわらず、日本は工場っぽいオフィスになっていて、同じ時間に出社する。タイムカードで管理する。そうした働き方が固定化されていて、今も本質的に変わっていないのではないでしょうか」

田中氏は「何歳からでもチャンレンジできる」という考え方に共感するという

「日本企業はグローバルスタンダード(世界標準)に近づくべきです。英石油大手のシェルは20年前、年功序列で一斉に昇格していくという考え方をやめました。米グーグルなど新しい会社はそもそも年功序列にしなかった。日本企業はいまだに年功序列を重視していますが、それが多くの問題を生んでいます。特に若い人にとって」

「近著『ライフ・シフト2』では意図的に日本人の登場人物を入れました。20代のマドカとヒロキです。特に、日本の読者にヒロキは別の生き方ができると示したかったんですよ。ヒロキは父親と同じように、日本の会社にずっと勤めなくてもいいんです。そして、ヒロキが別の生き方ができると感じるためには、日本企業が彼にもっとチャンスをあげないといけません」

リンダ・グラットン
英ロンドン・ビジネススクール教授。人材論、組織論の世界的権威で、組織イノベーションに関するコンサルティング会社「HSM(Hot Spots Movement) Advisory」の創始者。世界経済フォーラムの「新しい教育と仕事のアジェンダに関する評議会」の共同議長を務め、2013年からダボス会議に参加。18年から日本政府の「人生100年時代の社会をデザインする会」のメンバー。

(安田亜紀代)

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