マルチバース(multi-verse)

ユニバース宇宙)のユニ単一)をマルチ(多重多数)に置き換えた造語。宇宙は我々が存在する宇宙だけでなく、別に、または無数に存在するかもしれないという仮説に基づく。インフレーション宇宙論から導かれる無数の泡宇宙や量子力学多世界解釈による多元宇宙など、さまざまな仮説が提唱されている。いずれも原理的に観測可能な宇宙ではなく、行くことも見ることもできない理論上の存在と考えられている。多宇宙並行宇宙

宇宙の階層構造 うちゅうのかいそうこうぞう

銀河団銀河団・銀河群・銀河・惑星系・恒星・惑星・惑星系内小天体のようにさまざまなスケールの天体が属する集団を分類する際の構造のこと。

広い意味でのこの世界にはさまざまな階層が存在する。その理由は明らかではないが、多様な階層の存在が、そのシステムを全体として安定化させる役割を果たしているのは事実であろう。人間社会における階層は、人間がつくりあげたものであるが、自然界における階層は、物理法則に従って誕生、あるいは進化した結果である。

たとえばこの世界に存在する物質を細かく分割していけば、やがて、分子・原子・原子核・核子・素粒子といった普遍的な階層に行き当たる。生物界もまた、生態系・個体群・個体・器官・細胞・遺伝子・アミノ酸・生体分子といった生物に特有な階層を経て、より普遍的な物質の階層へとつながっている。

宇宙のなかに存在する天体もまた同じく、さまざまなレベルの階層から成り立っていることが知られている。大きなスケールから並べてみると、超銀河団・銀河団・銀河群・銀河・惑星系・恒星・惑星・惑星系内小天体といったところであろう。これらが宇宙の階層構造である。むろんそれらをより小さなスケールへと分割していけば上述の物質の階層につながる。

ただし宇宙の階層構造の場合、とくに大きなスケールの階層にいくにつれてその定義があいまいになる。そもそもこの宇宙ということばすらその定義は明確でなく、専門家の間でも異なる意味で用いられていることが多い。たとえば、われわれが観測できる宇宙は、誕生して以来138億年かけて光が到達できる距離以内の領域に限られている。その意味で用いられる「宇宙」は有限の大きさをもつのであるが、実際にはその外にも宇宙は広がっている。このより広い意味での宇宙は無限の体積をもつものと考えられている。それどころか、原理的にすらわれわれが観測することができない別の宇宙が存在する可能性もある。

そのため「宇宙」そのものにも、「われわれが観測できる範囲の宇宙」、「われわれが存在している宇宙」、「われわれとは因果関係をもたない別の宇宙」といった区別がありうる。とくに、3番目に分類されるような無数の宇宙の集合をさして、マルチバース(これは、宇宙を意味する英語であるユニバースのユニが「一つ」という意味であることに対して「多数」の意味をもつマルチに置き換えられた造語である)とよばれることがある。かりにそれが実在するのであれば、それこそがこの世界の最大スケールの階層ということになろう。

宇宙の階層構造は、それらがもつ典型的な質量の値で分類することもできる。その単位として通常用いられるのが太陽の質量で、Mという記号で表される。たとえば、銀河の質量は太陽質量の約10億倍から1兆倍の範囲にあるので、109 Mから1012 Mと表記される。宇宙の階層構造の場合、同じ階層に属する天体であろうと、そのなかにさらに細かい分類あるいは個性があるため、対応する質量の値にも大きな幅があることに注意する必要がある。

宇宙の階層構造の典型的スケールは、宇宙が誕生したときの初期条件と、宇宙を支配する物理法則の二つの結果として決まっている。とくに、小さなスケールの階層にいくにつれて、その性質は物理法則によって定められていると考えられており、物理法則を特徴づけている基本物理定数の組合せで大まかには説明できる。巨視的世界の代表的存在である天体が、微視的世界を記述する基本物理定数と密接に関係しているという驚くべき事実こそ、この自然界はあまねく物理法則に従っていることを確認させてくれる。

[須藤 靖 2016年12月12日]

宇宙の階層構造とそれらの典型的質量

インフレーション理論(読み)いんふれーしょんりろん

日本大百科全書(ニッポニカ)「インフレーション理論」の解説

インフレーション理論
いんふれーしょんりろん

宇宙の創生期に宇宙が急速に加速膨張をおこし、その加速膨張が終了するころ膨大な熱が発生して火の玉宇宙がつくられたという理論。この理論は1981年、複数の研究者によって提唱されたが、その一人、アラン・グースAlan Harvey Guth(1947― )によって、通貨供給量が急膨張するというなじみの経済用語、インフレーションをたくみに用いて宇宙の急膨張を表すことばとして名づけられた。経済用語との混同を避けるため、正確を期してコスミック・インフレーションともよばれる。[佐藤勝彦 2017年5月19日]

ビッグ・バン理論の問題点目次を見る

現在の標準的な宇宙理論は、宇宙は熱い火の玉として生まれ、宇宙の膨張によって温度が低くなる過程で、ガスが固まり、恒星や銀河、そして銀河団などの宇宙の大構造が生まれたとするビッグ・バン理論である。インフレーション理論は、なぜ火の玉として宇宙が始まったかを説明し、かつこの理論が提唱される前の旧来のビッグ・バン理論の諸問題を解決するために考えられた理論である。

[佐藤勝彦 2017年5月19日]

地平線問題目次を見る

その問題の第一は地平線問題である。ビッグ・バン理論では、ある宇宙の時刻までに光速で因果関係をもつことのできる領域のことを粒子的地平線(以下、単に地平線)とよぶ。しかし、可視光をはじめとする電磁波の観測では、宇宙は地平線を越えてきわめて一様である。たとえば電磁波で観測できるもっとも宇宙初期、「宇宙の晴れ上がり」の時刻はおよそ宇宙時刻38万年であるが、宇宙背景放射観測衛星、COBE(コービー)、WMAP(ダブリューマップ)、またプランク衛星が示したように、あらゆる場所でほぼ一様である。一方この時刻での地平線の距離はおよそ76万光年(宇宙膨張の効果を含めると、およそ光速の2倍で光は伝播(でんぱ)する。つまり、光は空間に対してある一定の速度で進むが、空間自体が広がるため光も一定速度以上で進む)であり、宇宙はこの地平線を越えて一様である。地平線を越えた2点は宇宙創成以来、一度も情報の交換はされなかったはずであり、その2点が同じ温度だということはありえないことである。なぜなら、同じということは物質を混ぜるなどのプロセスがおこったはずであるが、そのようなことは地平線を越えておこりようがない。

[佐藤勝彦 2017年5月19日]

大構造形成問題目次を見る

また、地平線問題の裏返しのような問題もある。宇宙時刻約38万年ころの姿を描き出している宇宙背景放射には、10万分の1程度の温度ゆらぎがあるが、そのスケールは、その地平線よりはるかに長いものが観測されている。このゆらぎがあることは物質の密度ゆらぎにも対応しており、のちに超銀河団などに成長するものである。この地平線の長さを超える密度ゆらぎのスケールは、光速を超えるような速さで物質エネルギーを移動させなければ形成されないはずである。この問題は、宇宙の大構造形成問題とよばれている。

またビッグ・バン理論では宇宙の膨張は一般相対性理論の式を解いて求められるが、宇宙の初期密度が臨界密度とよばれる値よりもきわめてわずかに上回っていても以後の宇宙の曲率は次第に大きくなり、現在観測されている宇宙のように平坦(曲率がほぼゼロ)にはならない。逆にこれよりきわめてわずかだけ下回っていても曲率が負となり平坦でなくなる。宇宙がつくられるとき、このような不自然な微調整が必要であることを平坦性問題という。

[佐藤勝彦 2017年5月19日]

モノポール過剰生産問題目次を見る

また、大統一理論とよばれる素粒子の基本的な力(電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用)を統一的に記述する理論は、宇宙初期に磁気単極子(モノポール)が大量につくられることを予言している。しかし磁気単極子はみつかってもいないし、その数には厳しい上限値が観測から求められている。この問題は磁気単極子の過剰生産問題とよばれている。

[佐藤勝彦 2017年5月19日]

インフレーション理論による問題の解決目次を見る

佐藤勝彦(さとうかつひこ)(1945― )は1980年2月学術誌に受け付けられた論文で、インフレーションにより地平線が指数関数的に引き伸ばされ、旧来のビッグ・バンモデルのものよりきわめて長大になることを示した。またインフレーションによって地平線が長大になる効果により、地平線問題に関係する宇宙論の問題、たとえば大構造形成問題などが原理的に解けることを示した。また同年7月には共同研究者とともに、この効果により磁気単極子の過剰生産問題も解決できることを示した。グースも同年8月に地平線問題や平坦性問題が解決できることを明快に示した。

[佐藤勝彦 2017年5月19日]

理論の進展目次を見る

佐藤やグースの原初インフレーション理論は大統一理論の予言するヒッグス場で加速膨張を引き起こすが、この原初モデルでは、密度ゆらぎの度合いが大きくブラックホールなどができすぎることが指摘され、それを避けるため新しい改良された遅速落下モデルがリンデAndrei Dmitriyevich Linde(1948― )やスタインハードPaul Steinhardt(1952― )らにより提唱された。現在、さらに100を超える多様なタイプのインフレーションモデルが提唱されている。そのなかには、スタロビンスキーAlexei Starobinsky(1948― )が1979年に、相対性理論が宇宙初期ではアインシュタインのものではなく変形されると仮定して導いた指数関数的に膨張するモデルも含まれる。これらの多様なモデルでは、インフレーション中に存在する量子ゆらぎが引き延ばされ、現在の宇宙構造の種となる密度ゆらぎが形成されると予言されている。現在インフレーションをおこす場も、ヒッグス場とは限らなくなり、インフラトンと通称されている。

[佐藤勝彦 2017年5月19日]

観測による理論の確認目次を見る

このようにインフレーション理論は確定した理論ではないが、その予言する密度ゆらぎがアメリカの宇宙背景放射観測衛星、COBEで発見され、また銀河の分布の観測など天文観測とも整合性をもち、現在、宇宙初期の標準理論となっている。さらにインフレーション理論が予言する原子重力波の痕跡(こんせき)を観測しようとする計画も進んでおり、もし発見されれば理論の強い証拠になると期待されている。

[佐藤勝彦 2017年5月19日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「インフレーション理論」の解説

インフレーション理論
インフレーションりろん
theory of inflation

インフレの原因,発生過程に関する理論。大別して,実物経済の需給関係,貨幣現象,期待形成の3つの視点がある。 (1) 実物経済の需給関係を重視するものとして,経済全体の総需要が潜在的な供給能力を超えた超過需要の発生により物価を上昇させるディマンドプル型理論,および生産費用の上昇が価格を押上げるコストプッシュ型理論のほか,現象として需給のボトルネック・インフレ,生産性上昇率格差インフレがある。 (2) 貨幣的現象の視点は,実物面の需給要因が物価の上昇として顕在化するには,貨幣供給の増加が必要であるとして,貨幣を重視するインフレ理論である。これは古典的な貨幣数量説,マネタリストの考え方である。 (3) 期待形成は,インフレ期待の形成により予想される物価上昇が現実の物価上昇を誘発する点に着目し,経済活動の情報を判断する経済主体の予想を重視する考え方である。

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