サラリーマンという仕事はもうなくなる…ユニクロの「年収最大4割アップ」が示す残酷すぎる事実

ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長=2022年10月13日、東京都港区(写真=時事通信フォト)© PRESIDENT Online

日本の雇用の常識を打破しようとしている

1月11日、“ユニクロ”を運営するファーストリテイリングは、3月に報酬を改定し、人材への投資を大幅に強化すると発表した。年収は数%から最大で約40%アップする。最大の目的は、優秀な人材をより多く確保し企業を強くすることだ。

同社トップの柳井正氏はさまざまなインタビューにおいて、「“サラリーマン“という仕事はもうない」と発言してきた。その考えを、ダイナミックに実行しようということだろう。企業の成長には、構成員である個人が自分の得意な分野で、プロフェッショナルとして能力を高めることが必要だ。

さらに、組織としてのグローバルに収益性や成長性などの感覚を磨き、競争優位性の向上に取り組むことが必須だ。それが会社を強くし、長期の存続を支える。そのため、ファーストリテイリングは、これまでのわが国の年功序列型の雇用の常識を打破しようとしている。

成長を実感することができれば、人々のやる気は高まる。それは、世界の主要国の中で最低レベルにあるわが国の“従業員エンゲージメント(仕事への愛着、情熱、満足感など)”の向上につながるはずだ。他のわが国の主要企業でもグローバル共通の報酬体系を導入したり、海外から国内事業に人材を抜擢しやすくしたりするケースが増えてきた。そうした企業の増加は、わが国労働市場の流動性向上を支え、経済の実力向上にも寄与するだろう。

初任給30万円、役職手当は廃止に

これまでファーストリテイリングは数多くの雇用制度改革を実施し、人材投資を強化してきた。今回は、国内で報酬水準を引きあげる。例えば、現在25万5000円の新入社員の初任給は、30万円にアップする(年収ベースで約18%増)。入社1~2年目で就任する新人店長の場合、月収は29万円から39万円に増える(年収は約36%増)。また、従来の役職手当などはなくなり、報酬は基本給とボーナスなどから構成される。シンプルな報酬制度によって、従業員は自分がどう評価されているかをより強く実感するようになる。

ファーストリテイリングは世界各地で報酬の改定を進めてきた。その中で、わが国の報酬水準は海外に比べて低位にとどまってきた。背景要因の一つには、人口減少などによって国内経済が縮小均衡し、海外市場に比べると収益の伸び方が鈍かったことが考えられる。その状況下、より人々が欲しいと思うアパレル製品を開発(新しい需要を創出)しなければファーストリテイリングの国内事業も縮小均衡に陥る。その展開を防ぐために、同社は大幅に報酬体系を改定する。

ファーストリテイリングの狙いとは

それによって、個々人が自らの担当分野でより高い専門能力を発揮することが目指されている。報酬の引き上げによって同社は、個々人の能力、成長意欲、ビジネスへの貢献に報いる。報酬引き上げの対象は、本社・本部、店舗など組織全体に及ぶ。経営戦略、マーケティング、財務、人事、さらには店舗の運営や接客などあらゆる分野で高いスキルを持つ“プロフェッショナル”人材を増やすことが目指されている。

報酬の改定に加え、ファーストリテイリングは事業運営体制も強化する。各国の事業運営本部が迅速に連携しあい、問題を解決してよりよいビジネスの運営、組織の在り方が目指される。それによって、ファーストリテイリングの組織では競争原理が働きやすくなるだろう。自ら能力向上に取り組み、周囲よりも高いパフォーマンスを上げた人材は評価され、より多くの報酬を得る。それによって、従業員の成長志向はさらに強まり、達成感や充実感もますだろう。

“サラリーマン文化”との決別を示している

それは、柳井氏の発言にある“サラリーマン文化”との決別といってよい。サラリーマン文化とは、過去の発想を優先し、特定の業務を、決められた方法でこなす働き方と定義できる。それに大きく影響しているのは、終身雇用と年功序列の雇用慣行だろう。経営トップが「終身雇用と年功序列の時代はおわった」と訓示しても、人事報酬体系は旧態依然という企業は多い。

背景の一つに、1990年代以降のわが国経済の長期停滞の影響は大きい。バブル崩壊後のわが国では、株式など資産の価格が急速に下落し、景気は冷え込んだ。それに加えて1990年代前半から不良債権問題も深刻化した。国内の需要はさらに低迷し、経済全体で“あつものに懲りてなますを吹く”というべき過度なリスク回避の心理は強まった。

企業はITなど成長期待の高い分野に進出するよりも、既存事業を優先した。多くの企業で新しい発想を実現して成長を目指すことは難しくなった。本邦企業の競争力は低下した。賃金は伸び悩み、人々の成長志向も弱まった。業績が拡大していないにもかかわらず雇用は守られているという考えは続いた。その結果、わが国経済全体で新しい取り組みを進める機運は高まりづらくなった。

仕事に愛着を持つ人がほとんどいない日本

その結果として、現在、わが国で働く人は、やりがいを感じづらくなっている。それは“従業員エンゲージメント調査”から確認できる。米ギャラップが公表した報告書(State of the Global Workplace: 2022 Report)によると、世界全体の従業員エンゲージメントの平均値は21%だ。仕事に愛着を持ち、モチベーションが高い人の割合は21%と考えればよい。

データが集計されている129カ国中、わが国の水準は5%の128位だ。“アベノミクス”以降、わが国は“働き方改革”を進めた。有給休暇の取得率は高まるなど、ワーク・ライフ・バランスは改善したといえる。しかし、仕事へのやりがいを感じる人は増えていない。ファーストリテイリングはその状況から脱却し、個々人がより強く成長を志向する環境を整備して成長力を高めようと、より強く取り組み始めた。

ソニー、トヨタ、富士通、日立でも

ファーストリテイリング以外にも、雇用制度を変革し、よりよく個々人の成長、業績貢献に報いようとするわが国企業は徐々に出始めた。例えば、ソニーグループでは先端分野の一つである人工知能(AI)分野などで賃金水準を改める。トヨタ自動車、富士通や日立製作所でも本体とは異なる賃金体系の導入や、国内外の社員を対象とするジョブ型雇用制度への移行が進む。

製品の設計と開発に集中し、生産の多くを外注するファーストリテイリングと異なり、こうした企業はモノを製造する。それだけ組織は重厚だ。わが国を代表するメーカーの雇用などの制度改定は、過去の発想を続けていると成長、生き残りは難しくなるという危機感の高まりを示唆する。そうした企業が成長力を高めることができれば、わが国経済全体でより前向き、かつ持続的な形での賃金上昇がもたらされる可能性も高まる。

特に、足許の世界経済では米国の“GAFA”などが主導したサブスクリプションなどのビジネスモデルが行き詰まりつつある。その状況下で、本邦主要企業が成長力強化のために報酬引き上げに取り組んでいることに注目したい。世界のネット業界はウェブ2.0から3.0へ大きな転換局面を迎えている。

政府要請ではなく、個々の企業がどう戦略を立てるか

それに伴い、新しいチップの製造、メタバースを支える新しいデバイスなど、モノづくりの重要性は格段に高まる。米国ではアップルなどが国際分業を進め、ソフトウェアの設計と開発により集中した。一方、ハードウェアの製造において、依然としてわが国企業は競争力を維持している。

そうした強みを高めるために、雇用や報酬の在り方を見直し、個々人の能力向上、実績をより良い形で評価することは不可欠だ。それは個々人により強い成長志向を植え付けるだろう。競争に対応することが難しい人のサポートのためにトレーニング制度なども強化される必要性は増す。

各社の経営トップがあきらめることなく改革を続けることは、わが国経済の成長期待に大きく影響するだろう。そうした企業の取り組みは、わが国の労働市場の流動性の向上、産業構造の転換などにも大きなインパクトを与える。足許、政府要請を背景とした賃上げ動向に注目が集まりがちだが、むしろ個々の企業の成長戦略の一環としてどのように人的資本の強化が図られ、新しい雇用制度が増えるかが注目される。

———- 真壁 昭夫(まかべ・あきお) 多摩大学特別招聘教授 1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。 ———-

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